精神科OTのブログ(仮)

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自殺の対人関係理論と実際の感覚

精神科のスタッフとして頭に入れて置いた方がいいなと思うものの一つにJoinerの「自殺の対人関係理論」があります。一方、実際に患者さんが亡くなってしまうと、「まさか」と思うし、それを予測し介入することはおそらくできなかっただろうなと思ったりもするわけです。

 

以前、仕事で自殺対策について調べる機会がありました。自殺対策でみんながまず気にすることは、自殺のリスクを評価するスクリーニングツールのようなものはないのか?ということです。

 

しかし、そのようなツールは基本的には無いということはちょっと調べればわかります。精神科救急学会などが出しているガイドラインに載っているチェックリストなどを元にアセスメントすることはできるでしょうが、それはあくまで参考にするためのリストであり、それに当てはまるかどうかで自殺を予測できるわけではありません。

 

そんな中、ある程度研究によって支持もされていて、頭の片隅に入れておくと自殺リスクの評価に役立つだろうな、と思えるのが「自殺の対人関係理論」です。

 

Joinerは自殺に必須な自殺願望は2つの要素が組み合わさることによるとしています。

・負担感の知覚

・所属感の減弱

 

負担感の知覚とは「自分が生きていることで他人に迷惑をかけている」という認知。

所属感の減弱とは「社会や他人との結びつきが無い」ことを指しています。

 

しかしながら、自殺願望があるだけでは自殺は起こりません。Joinerは最終的に死への恐怖を乗り越えさせる因子を「自殺潜在能力」と呼んでおり、自殺潜在能力に自殺願望が加わった時、自殺が起こりやすくなるとしています。

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自殺潜在能力とは、後天的に身に付いたもので、痛みへの鈍感さ、死の恐怖への慣れ、大胆さの増大といったものを指します。繰り返す自殺企図や自傷行為などが練習になり、自殺潜在能力を高めるわけです。あるいは、被虐待や戦闘経験、痛みを伴う病気の経験といったものも自殺潜在能力を高めるとしています。

 

ポイントは3つなので、頭に入れておけると思います。自殺企図歴がある患者さんというのは注意すると思うのですが、それは自殺潜在能力の有無を評価しているということになります。

 

これは私の感覚ですが、自殺潜在能力を示すのは何も自傷や自殺企図だけでなく、これまでは無かった大胆な行動や軽犯罪のような行為、自暴自棄な態度などによっても示唆されているのではないかと思います。また、自殺潜在能力は固定しているというイメージですが、現在進行形で高まっていってるな、という視点も重要な気がします。

 

もちろん自傷や自殺企図の繰り返しがあればハイリスクということはわかります。そうではなくて、以前はみられなかったような「え?」という行動がある、そしてちょっと頻度や強度、バリエーションが増してきた、でもそこから自殺を連想することはできない。なんだかおかしいな、という日々が続いたある日、突然亡くなってしまう、のような展開です。

 

あの時自殺を予測して、適切な介入ができたのかと言えば、それは無理だったかもしれない。でも後方視的にみれば、自殺の対人関係理論に当てはまってるな、ということはあります。患者さんの行動がおかしいのはわかりつつも、それが徐々に起こるので、支援者側も慣れてきてしまう、というのが注意点なのかなと思います。

 

あと、最近思うのは、この自殺の対人関係理論、自殺ではなく犯罪行為などに置き換えても捉えることができそうだな、とも思います。