病識に影響する要素とは
過去記事にて、精神疾患、特に統合失調症における病識とは何かについて確認しました。
- 自身の何らかの変化が精神疾患に基づくと考える
- 精神科の治療を受け入れる
- 精神症状を認識できる
我々が一般的に病識と言っているものは、これら3つの独立した要素に分解され、Clinical Insightとも呼ばれています。
この病識は流動的で、時と場合によって変化することもよくあるのではないでしょうか
池淵先生のレビュー~池淵恵美(2021)「統合失調症の『病識』を再考する」精神医学(63)3 p395~414~を参考にしつつ、私見もかなり混ぜながらまとめます。
前頭葉機能
脳の器質疾患では、しばしば病識欠如が起きることが知られています。統合失調症も神経認知機能の低下が想定されており、とりわけ前頭葉機能と病識の関連が研究によって支持されています。簡単に言えば、病識の無い患者さんはウィスコンシンカードソーティングテストのような検査の成績も悪いということです。ただ、当然ですが病識の一側面を説明するに過ぎないということも指摘されています。
病識が無いことを神経認知機能の低下に帰結することは、病識研究で有名なAmadorも推奨しています。病識が無い患者さんに対して、家族や支援者はイライラしがちなので、病識が無いのはそもそも病気の症状なんだ、と理解する方が気持ちがラクになる、という考え方です。Amador自身が統合失調症の兄を持つ当事者家族なんですよね。
一方で、Amadorは病識の無い患者さんに治療を受け入れてもらうためのコミュニケーション方法をまとめたLEAPを開発、紹介しています。LEAP自体はまた別の記事でも紹介したいですが、あまり普及啓発されていない印象です。周りの人もあまり知らないんですよね。精神科のど真ん中みたいなコミュニケーション技術だと個人的には思うのですが。
家族や社会のスティグマ
そもそもスティグマって何だろう、ということは置いておきますが。家族が精神疾患の発症を周囲に対して隠そうとするような場合は、患者さん自身も自分の病気を受け入れるどころではなくなります。こういった場合、家族の対応が悪いと責めても意味が無いわけで、場合によっては家族が支援の対象になります。
ネガティブな治療体験
強制入院、閉鎖病棟、行動制限、飲み心地の悪い抗精神病薬などなど。精神科の治療はネガティブな内容が多く、時にトラウマを残すくらいつらい体験になる場合があります。少なくともこのような体験のさなかでは、病気と向き合うどころではないです。
精神症状
これはまずまず大きなファクターという気がします。急性期症状が消退するとClinical Insightが改善してくることは多くの人が感じるのではないでしょうか。そもそも、病状の評価にあたって「入院時の振り返りができている」みたいなことを指標にすることもあります。ただ、すべての患者さんに共通するわけではなく、精神症状の改善に伴う病識の改善の程度はさまざまです。
次回の記事ではそもそも病識はあったほうがいいのか、ということについて考えたいと思っているのですが、それと関連するのがInsight Paradoxです。これは、病識をはっきりと持っているほど抑うつ症状の程度が重くなるという説のことで、研究によっても支持されています。幻覚妄想状態などが改善してくるにつれて病識も改善するけども、抑うつ症状に関しては逆に重くなる可能性があるということです。
それから、精神病症状や躁状態については患者さんに病識が無いことで問題になりますが、抑うつ症状については病識が無くて困る、という話は聞いたことがありません。むしろ抑うつを訴えながらも趣味活動などを行える患者さんを「あの患者さんはなんちゃってうつだ」のように揶揄することもありますから、むしろ過剰な病識を問題視するようなところがあると言えます。