精神科OTのブログ(仮)

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精神疾患の”病識”とは

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あの患者さんは「病識がある」、とか「病識が無い」とかよく言われます。

「病識まではいかないけど、病感くらいはありそう」などと言うこともあります。

 

統合失調症が代表する内因性精神病のコントロールには治療アドヒアランスが重要な要素ですが、ここに病識というものは関係がありそうです。

 

しかし、「俺は病気じゃない」と言いながら長年通院して服薬はしている患者さんもいるし、「薬の大切さがよくわかりました」と言いながら巧妙に飲んだふりをして薬を捨てる患者さんもいます。

 

病識があるから治療をちゃんと受けるのでしょうか?、治療を受けてもらうには病識を持ってもらうことが必要でしょうか?、そもそも病識って何なんだ?、ということで病識について池淵恵美先生の論文を参照しながら、私見も入れてまとめます。事例は架空の患者さんです。

 

近年、病識はあるかないかという単純な話ではないということが知られてきています。患者さんの個人内に想定される認知的側面だけでなく、治療者の関り方や社会の価値観といった外部要因との関連性も論じられています、・・・というかそっちのほうが大事なのかなって私は思ってます。また、病識は変化するものという認識も重要だと思います。とにかく、病識についてはわかっていないことが多いので今は多面的な理解が必要です。

 

 

 

病識と呼ばれているものは現在2つの概念があるようです。

clinical insightとcognitive insightです。

 

clinical insight

病識の評価尺度であるSAI-Eを開発したDavidらが病識を構成している要素を3つに分解しており、これらは主に専門家の側から評価されるもので、clinical insightと呼ばれています。

 

①何らかの変化を精神疾患に基づくと考える

これには自分の診断名を知っていて、その発症したタイミングや自分の中での変化を自覚していることが必要になるでしょう。

長期に経過している患者さんですが、思いついたように「もう症状が無いから薬は飲まなくてもいいよね」と言う方がいました。以前はどんな症状があって、どういう診断を受けたのかたずねると、「・・・うーん頭がモヤモヤしたりとか、統合失調症かな、だったと思うんだけど、もう治った」とのこと。

言葉をそのまま受け取ると、はっきりしないけど、頭がモヤモヤするという変化はあって、それがどうやら統合失調症という精神疾患に基づいていた、という認識はしているようです。具体的な症状についてはよくわからないし、治療もしたくないと考えているということになります。

 

 

②治療に従う

治療を受けることでの何らかのメリットが存在する必要がありそうです。服薬は精神症状を改善するためのものだと我々は考えますが、患者さんにとっての服薬するメリットは別なところにあるかもしれません。とりあえず治療に従っておけば、家族がとやかく言わなかったり、入院させられなくて済む場合もあります。

長期入院の経験がある患者さんで通院も服薬も続けていますが、「何十年もロシアに電波で攻撃されている、自分は病気じゃないけどもロシアの陰謀によって入院させられたんだ」と言う患者さんがいました。言葉をそのまま受け取れば、抗精神病薬は飲んでいるけども、精神症状は自覚していなくて、もちろん自分が精神疾患を持っているとも思っていないということになります。いわゆる病識は欠如しているけど治療は受けている患者さんが存在するわけです。

 

③精神病症状を認識できる

精神病症状、特に幻覚や妄想について客観的に自覚するというのは、少し経験や知識が必要なのではないかと思います。 はじめは精神病症状に影響されて行動化する患者さんも、症状を自覚できるようになると何らかの対処行動をとれるようにもなります。また別記事で考えようと思いますが、症状の強さによっても自覚の程度は変わります。普段は幻聴に対して客観的に捉えられる患者さんも、幻聴が強まると影響を受けて行動化してしまう場合があります。

治療のアドヒアランスはかなり悪く、長期の経過の中で解体している患者さんですが、「子供の頃に変な薬を飲まされたせいで幻聴が聞こえるようになった」と言っていました。言葉をそのまま受け取れば、幻聴が聞こえるという自分の中での変化を自覚していて普通じゃないと思っているけども、それが精神疾患に基づくとは考えていないということになります。病気じゃないし、薬も飲まないけども、幻聴という症状があることは認めているという状態です。

 

・人生のどっかの時点で精神疾患に基づいた変化があったことはわかる

・病気じゃない、症状もない、でも精神科のサービスは受ける

・原因はわからないし治療も望まないけど、幻覚があることは認める

一口に病識と言っても、いろんなタイプの患者さんがいます。このように病識と言ってもいろんな切り口があることがわかります。

 

 

cognitive insight

こちらはBeckが提唱したもので、要するに病識に関するメタ認知のことです。メタ認知とは、認知の認知、自分の考えに対する自覚です。これはclinical insightの中の精神症状の認識という部分に関わっているのだと思います。加えて、自分の認知が本当に正しいか疑ったり、誤っているとしたら認識を修正する能力、あるいは柔軟性が含まれていることが強調されています。lisakerはcognitive insightを「自己を内省する能力と過剰な確信の抑制能力」と定義しています。

たまに「今聞こえた?」って確認する患者さんがいますが、聞こえないよって答えると「じゃあ幻聴か」って納得する患者さん、あるいは、「隣の人が嫌がらせしてきてるような、でも考えすぎかもしれない」という確信度が低い妄想を持つ患者さんなどがいます。

cognitive insightという概念がどのくらい役に立つものなのか、私にははっきりわかりません。ただ、メタ認知の機能がclinical insightの形成に一部影響しているだろうということは一定の理解ができます。

 

 文献:池淵恵美(2021)「統合失調症の『病識』を再考する」精神医学(63)3 p395~414

 

病識の変化に影響を与える因子や病識を改善するためのアプローチについても今後まとめていきたいと思います。